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ディズニー実写版『美女と野獣』メイキング映像から

ディズニー実写版『美女と野獣』メイキング映像から
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日本でも大ヒット上映中、ディズニー実写版『美女と野獣』のメイキング映像を見ながら、色々と考察したいと思います。


メイキング映像は短い色々なシーンの撮影風景をただ繋いだものです。全部で13分ほど。BGMもテロップもない、味気ない編集ですが、「朝の風景(Belle)」の撮影風景、酒場のセットを存分に使った「強いぞ、ガストン(Gaston)」ミュージカルシーン、ベルと野獣が心を通わせる「愛の芽生え(Something There)」のセット、歌の収録など盛り沢山です。すでに映画を観ている人なら「あぁ、あのシーン!」とピンっとくると思います。

このメイキング映像にはないのですが、オープニングタイトルと、野獣たちの住むお城について書かないといけません。
通常のディズニー映画のオープニングタイトルはこちら。シンデレラ城の周囲には船や汽車が走っています。

『美女と野獣』では、同じカメラアングルの動きながら、汽車や船の描写はなく、お城が野獣の住む城になっている特別版です。

大阪のエキスポシティにある国内では最大のスクリーンである次世代IMAXで鑑賞したのですが、お城のディテールが模型のようでした。模型を使った撮影なのか、「模型を模したCG」なのか現時点では不明ですが、その後の本編での野獣のお城の描写を含めて、一部模型が使われているように思えます。

さて、最初にご紹介したメイキング映像からいくつか、ピックアップしていきます。
2:48からのドローンによる空撮映像は面白いです。
ベルの住む村のセットを俯瞰でとらえます。映画の中では広場を中心とした狭い感じのところが、実際は出演者が待機するトレーラーがずらりと並び、照明用のトラックなど大型重機が何台もいる、広大な場所で撮影されていたことがわかります。

5:57の父の乗った白馬が村に戻ってきて、ベルが父の所在を問いただすカットの撮影シーン。実際の映画では「走ってきたばかりで興奮している馬をエマが静止させて聞く」という激しい動きのあるシーンになっていますが、撮影では止まっている馬をちょっと後ろに引いたあと、エマ・ワトソンがオーバー気味に感情的な芝居をして、それを微妙に揺らし続けるカメラで捉えることで動きのあるカットを作っています。

6:23の衣装家具になったマダム・ド・ガルドローブが、実際に造形されたものを芝居に合わせて動かしているのが意外でした。てっきりフルCGだと思っていのですが。造形で可能なものはCGにせず現場に置いて動かすというのは、相手になる役者のリアクションを得る上でも重要なことです。

7:44は「ひとりぼっちの晩餐会(Be Our Guest)」の撮影風景です。ここはほぼフルCGで作られたミュージカルシーンです。フォトリアル(写実的)なフルCGによるミュージカルシーンというのは、本作が初ではないでしょうか?演出的に人の形でない、しかもアニメではない、リアルな造形のものだけでミュージカルシーンをもたせるのは難しいのですが、ここではそれに挑戦しています。ルミエール役のユアン・マクレガーはこのシーンでモーション・キャプチャー用のスーツを来て「ひとりぼっち」でダンスシーンを演じていたようです。
このシーン後半に向かっての派手な仕掛けの没入感は、大きなスクリーンと大音量で観ないと、大型の家庭用テレビをもってしてもなかなか得られないと思います。

8:38の、舞踏会シーンのセット。上の方が合成用にグリーンバックとなっています。実写版はここに楽器隊がいて演奏しているんですよね。他の映画でも指摘しているのですが、音楽シーンで聞こえる音色を作り出す楽器やその演奏者を描写するのは、劇中から音楽が流れていくことへの整合性を示す意味でもとても重要です。

アニメ版と実写版ではダンスと歌の関係が異なります。アニメ版では2人はディナー・デートが目的で着飾り集います。ポッド夫人によって歌われる歌はディナーデートの劇伴(BGM)です。2人は食事をし、その流れでベルが野獣を誘ってダンスが行われるので、ダンスのための音楽は、それまで劇伴としての流れ続けているポッド夫人の歌を使っていることになります。一種のイメージシーン的な演出なので、歌や演奏者を描写する必要がありません。アニメ映画ならではの構成です。

しかし実写版では、ベルと野獣はダンスをするために着飾り集います。ダンスのための音楽としてポット夫人の歌があります。となるとその歌の演奏の描写も必要となります。そこで天井にいる楽器に姿を変えた楽団による演奏の描写となるわけです。

次のページに、完成後のクリップをまとめました。

Comment(1)

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