ウィンブルドン
Story
ロートル無名テニス選手のピーター(ポール・ベタニー)は、ウィンブルドンを最後に引退しようと考えていた。ピーターは宿泊先のホテルでリジー(キルステン・ダンスト)と知り合う。リジーはとても勝気で優勝候補と評される若い女子スター選手だった。試合の合間にデートを重ねる2人。リジーに応援されて予想外に勝ち進んでいくピーター。一方リジーはテニスがおろそかになっていく。いつの間にかピーターは優勝に近づいていた…
Cast
キルステン・ダンスト:リジー・ブラッドベリー
ポール・ベタニー:ピーター・コルト
サム・ニール:デニス・ブラッドベリー
ジェームズ・マカヴォイ:カール・コルト
バーナード・ヒル:エドワード・コルト
オースティン・ニコルズ:ジェイク
ジョン・マッケンロー:自身
クリス・エバート:自身
マリー・カリロ:自身
ジョン・バレット:自身
Staff
製作:ライザ・チェイシン,エリック・フェルナー,メアリー・リチャーズ
監督:リチャード・ロンクレイン
脚本:アダム・ブルックス,ジェニファー・フラケット,マーク・レヴィン
撮影:ダリウス・コンジ
音楽:エドワード・シェアマー
タイトルデザイン:カイル・クーパー
Goods
販売元:ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン (2005-08-26)
定価:¥ 3,990 ( 中古価格 ¥ 30 より ) / Amazon価格:¥ 530
時間:99 分 / 1枚組 ( DVD )
Notes
『ノッティング・ヒルの恋人』『ブリジット・ジョーンズの日記』など、良質なイギリス製キューティー映画を量産する、ワーキング・タイトル社プロデュース作品です。
解説者の役で往年の名選手ジョン・マッケンローやクリス・エバート・ロイド、試合相手にも有名選手が出ていたりします。
現役時代のジョン・マッケンローは「頭に赤いバンダナ」というイメージがあったので、普通の頭で背広を着て解説席に座ってしゃべっていても誰か判りませんでした(笑)
テニスの試合シーンがメインとなるかと思いきや、意外とクライマックスの決勝戦以外は、ウィンブルドンの最中に試合そっちのけで愛欲の日々を送る馬鹿カップルを適当に描いていきます。
あれ?なんか気付かないうちに毒のある文章になってますかね?(笑)
いや~、シナリオが酷い。
役者、技術、音楽など全てにおいて、これほどまでに無駄使いをしてると思わせる映画は別の意味ですごいです。
ウィンブルドンというテニス大会を軸にしながら、選手同士の恋愛を描く映画なんですが、シチュエーションのために都合よく展開していて、ウィンブルドンという特別な舞台が全く活かされていません。全英テニスでも全米テニスでもこの展開なら出来ます。人物の掘り下げも全く出来ていない。
物語の構造としては
「未来をあきらめた消極的な」「無名」「ロートルプレイヤー」(ポール・ベタニー)と、
「未来ある勝気で積極的な」「有名」「若手プレイヤー」(キルステン・ダンスト)
という、対比がはっきりしてるカップルの話です。お互い愛し合うことで何故か立場が逆転していくという展開です。
その結果、互いの恋愛関係がギクシャクしてきて、そのまま主人公のポール・ベタニーは自分でも予想もしなかった決勝戦へ向かうことになるという、非常にシンプルかつ王道な展開になります。
この構成を崩さずにディテールを丁寧に重ねれば、それだけで面白くなるはずなんです。さらに「家族」というもう一つの軸が隠し味で存在 * 1 しているから、うまく使えば主人公が最後勝ち目のない決勝戦に挑む行動動機なども描けるし。余計なことをしなければスポ根系キューティー映画として秀作になったはずです。
さらに「家族」の他にも、「お笑い担当の馬鹿な弟」「長年のライバル選手との友情」そして当然ながらの「本当のウィンブルドンで撮影した試合」という素晴らしいシチュエーションをたくさん持っているのに、それらが思いつきで羅列しているだけで、全てが有機的に繋がっていません。もったいない…
キューティー映画は王道的かつシンプルな物語構造の中に、ちょっと気の利いた展開やシチュエーションをうまく的確なタイミングで盛り込むかという、シナリオ・演出に高度な職人技が試される種類の映画です。雰囲気でそれっぽいシーンを中途半端に目白押ししてもいかんのです。
例えば、キルステン・ダンストが、どういう理由でポール・ベタニーに一目ぼれしたのか全く判りません。
いや、一応台詞で「なぜ好きかというと」という、取ってつけた理由があったりするのですが * 2 、それを台詞で言うんです。典型的なダメな説明台詞です。そういうのは回想シーンでもいいから映像で見せるべきでしょう。
で、ご丁寧にラストの決勝戦で似たようなシチュエーションを作ります。
相手選手の打った球が自分のボールボーイにぶつかってしまい、それを見て憤慨し発奮する主人公、というシーンがあるのですが、何に怒っているのか全く意味不明です。ボールが当たったのは故意じゃないんですし、なんで「よくある」アクシデントでいきなり発奮するのか分かりません…
さらにもう一例。
ラストの決勝戦直前、試合に向かう主人公が、泊まっているホテルの従業員たち全員から「がんばって」と声をかけられ拍手を受けるというシーンがあります。
唐突にそれっぽく感動的な音楽とカメラアングルで演出しても、それまで主人公とホテルの従業員たちの間にな~~~んのドラマも伏線もないから、見てるこっちはドッチラケです。『アルマゲドン』的なシチュエーションを思いつきで入れました、という感じです。
恋愛軸も曖昧でいかんです。
もうね、会えばセックスですよ。会うたびにセックスですよ。ただ単に性欲を満たしてるカップルにしか見えないんです。お互いの気持ちの変化が全然描けていないんです。
互いに惹かれあう見せ方はいくらでも出来たはず。
「対比カップル」なんだから、自分勝手にカジュアルセックスをするキルスティンが、徐々に真実の愛に目覚めていき、逆に真剣な愛だと思ってたポールが、徐々に試合に勝つための縁起担ぎという理由でセックスする、という流れを明確に描くだけでも、全然違ったはず。
そこをもっとしっかり描けばラストへの伏線になっていくはずなのに…
もうこの映画、5分ごとに馬鹿シチュエーションと投げっぱなしの展開だらけで、それに一々文句書いていたらキリがないのでやめますが(十分長いっつうの。でもまだ書きたりない(笑)愛欲におぼれているキルスティンが父親に呼び戻され「やはりテニスだわ!」となるシーンなんて、あまりに唐突過ぎて電波ユンユン、カルト宗教信者の行動かと思った。)、それでもこの映画、注目する点もあります。
まずCGIの使い方がとても高度です。
試合のボールがCGなのは、最近のスポーツ映画では当然なので驚きませんが、コート内を動き回る人物を追うカメラワークの動きまで、合成やデジタル処理、モーション・コントロールカメラなどを駆使して、擬似的にカメラワークのように見せているのは素晴らしいアイディアで、それを「そら!合成でっせ!!」と狙って見せずに、実にさりげなく使うのは高度な演出設計だと思いました。
この映画がCGIを使って狙っていたのは「誰も見たことのない映像を体験させる」のではなく「コートの中にいる人たちと同じ体験」だと思います。
そういう意味で、試合中に主人公が、頭の中でどうでもいいことばかり考えているのを独白で表現するのは、高度なデジタル映像とあいまって、とてもいい演出だったと思います。
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